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20080824

制限があるからやめられない。



どうも。
おはこんばんちは。

ちょっと、最近堕落した内容になってきているので、今日はちょいと真面目に書いてみようと思います。
お暇ならお相手くださいな。

先日、以前から気になっていた(←隣人の影響あり)、ご存知Appleの社長スティーブ・ジョブズ(1分話して36億円稼ぐらしい!)に関する本を読んで、気になるというか、ああ自分の人生観に近いかもと思った内容があったので、それについて書いてみます。

まぁ、全体的に驚きと納得の連続で印象的な話が随所にみられたけど、中でも特に気になったのが、以下のような内容です。

これはスタンフォード大学の卒業生にむけてジョブズが送った言葉。
「君たちの人生は限られている。だから、他人の意見と言う雑音に、自分自身の内なる声をかき消されないようにしなきゃいけない。そして最も重要なことは、その自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。心と直感は本当になりたい自分を知っている。
それ以外のものなんてのは二の次だ。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。」

何がグッときたって、実際ジョブズ自身が有言実行してきたってこと。
そして、自信への戒めも兼ねてそういったんだろうなってこと。
きっと、これはビジネス以外にも当てはまることで、良い、悪いは別として、そういう考えってなんかかっけなーと思った。
ロック?
違うか。。。
いーやきっとロックだ。DMCだ。

そしてまた、とある哲学者の言葉に、
「大金持ちでも貧乏人でも、白人でも黒人でも、『三つのこと』しか人生にない。一つ目はおぎゃーと生まれることだ。二つ目は死ぬことだ。この二つは、自分の思い通りにはならない。だが、三つ目は自分の思い通りにできる。それは、生まれてから死んでいくまでの間を「生きる」ことだからだ。」
っていうのがあるらしい。
そう考えるとよ、あぁ生きるって面白いなって思えてくるのですよ。
どうかな?
そうでもない?


とまぁ、若干堅苦しい感じになってしまったけど、ちょっと今日は気分が哲学チックなモードに入ってるので、お許しを。

色々考えると色々難しくて、難しく考えると、ちょっとした答えが出て、答えが出ると、楽しくなってきて、楽しくなってくると、うかれちゃいかんばいと思えてきて、、、、。
結論は無いけど、何となーくそんな感じの繰り返しですな。

つまり、ようするに、俺が言いたかったのは、今抱えとる悩みがなんぼのもんじゃい!!!ってこと。しょーもない。ちっちゃいねん。
「旅の恥はかき捨て」とはよくいったもんで、きっと人生の恥もかき捨てでしょ。
「恥さらして生きてこーぜ。」ってことよ!!
みんな頑張ってこーぜってこと!



いや、別に深刻な悩みがあるっつー訳ではないのだけれども。

フィン。

20080218

あこがれ






俺はずっとあこがれてる。
アンディ・ウォーホルに。

最近「作家性」という言葉が気になっていて。

建築やその他のデザインと違い、グラフィックデザインというものは、消費されるものです。
考えに考えて痛い思いしてひねりだした生産なのに、時が過ぎれば、ただのゴミになる。
無いならないでもいいし、最悪何も描かないってのもグラフィックになりうる。

俺は多分そういうところに惹かれてるって気がしてきた。
うん、惹かれてる。

そこで、ふと疑問に思ったのが、まぁ例えば広告なんかでいえば、誰が作ったかなんか(分かる人には分かるといっても)大抵分からないようになっている、ということ。

数世代前のものを見てみると、横尾忠則やサイトウマコトなんか、超作家性を最大限押してるわけで。そして、それを見てただ単純に「かっけー」って思ってる自分がいます。
そして実際に彼らの「制作物」は「作品」として美術館なんかにも所蔵されてて、ゴミになってない。

けど、現状はどうか。
色々知ってくると「ああ、誰々っぽいな」とはなるものの、大抵のグラフィックは、その商品やらサービスやらを最大限に引き出しとって、誰が作ったとかは、消す方が健全だとされてる。
美学みたいになっとる。

そうかなぁ。
不満。

海外の作家でいえば、ディック・ブルーナやレイモン・サビニャックなんか、素晴らしいデザインかつ「っぽさ」も持ち合わせたお方たち。

そういうほうがかっこいいんじゃないかって思うのです。
ほんと純粋に、絵がとか文字がとかじゃなくて、やり方として。

世の中はループするって聞いたことがあります。
一昔前のものが再ブームになったり、ファッションなんか分かりやすいね。

だから今均一になって、ぼんやりしてきた世の中だからこそ、強い作家性を持ったグラフィックがまた生きてくるのでは?と思ってるわけです。

収集がつかなくなってきたけど、このまま暴走してみます。

そんなことをふと考えてみたときに、これまたふと思い浮かんだのがアンディ。
そう、アンディ・ウォーホル。

彼は、独断と偏見の塊で言わせてもらえば、超かっこいい。
なんてったって、自分の顔をどしどし前に出してくるんだもの。
そんなやつみたことねーよ。
ポップと呼ばれることについてはよう知らんけど、作家性の極みのような気がして、うらやましゅーてしょうがない。

その作家性ってのは、今はやりのブランディングにも通ずるものがあると思う。
アンディ・ウォーホルって、いってみればもう、そういうブランドやん?

コントラストが強い写真にペインティングした作品群。
毛沢東やマリリン・モンローとか、時代のスター(語弊あり)を題材にするあたり。
キャンベルに代表される大量生産に対するアンチテーゼを作品の主題にするあたり。
改めて秀逸です。

ただウォーホル好きやなーっていいたかっただけなのに、偉そうにこうぬけぬけと書いてしまったのだけれど、まぁこういう日もたまにはいいよね。

あー、俺もかっけーじいさんになりたいわ。



以上。

20070724

早速。

このしょうもない俺がお届けする、しょうもないブログ、一旦休憩します。

またの機会にでもお会いできれば。



ヒーローは、忘れたころにやってくる。

20070701

かっこいい

ってなんだと思う。

最近かなり思う。

かっこいいってよく口にする言葉だけど、詳しく説明しろと言われたら
よく分からない。

自分がかっこいいって思うものの基準が分からない。

かっこ悪くないからかっこいいのか、ハイセンスだからかっこいいのか、
はたまたおしゃれだからかっこいいのか。

けど、そんなこと考えてたらかっこ悪いもハイセンスもおしゃれも分からない。

よーく考えてみたら、分からないことだらけ。

それが面白い。

と最近かなり思う。

20070620

考えること

考えることは、大事。

逆ももちろん大事。
つまり、それと同等に考えないことも大事ってこと。

捉え方次第で、世界は180度変わる。
もう一回考えると、結果的に360度変わっちゃって、元に戻る。
それの繰り返し。

だから、180度のとこで、一旦考えないでおくことも必要なんです。

考えるのは、好きだけど、好きなことばっかしててもだめってことでもある。
しない、しない、しない、しない、する、ってほうが、するときの喜びがでかくなるってことだってある。

なんていうドMの発想があなたは、おわかりでしょうか。


20070617

連続更新

します。

思ってたことを、考えてることをだぁーっと吐いちゃいます。
ハキダメじゃ。

きつい時、辛い時こそ、元気な、果敢な言葉を発するっつぅ藤原紀香にやられました。
いや、紀香にやられたんじゃなくて、そのスタンスにやられました。

そんな新鮮なスタンスって訳じゃない。
前にも聞いたことあるし、そんなキレイゴトって思っとった。

けど、紀香、そんなんじゃねぇね。
そんなかるーい感じじゃない。

俺もそんなことが分かる年頃になったのかな。

ごめん、調子乗りすぎた。
分かった感じで書いてごめん。

「スタンス」って使いたかっただけ。

何じゃ、このブログ。